現在の外来精神医療の状況の中で、操作的診断基準の問題性から、気持ち(気分)の落ち込み、意欲低下、能力低下があると、原因や状況を無視して、「うつ病」、「大うつ病エピソード」との診断がなされ、マニュアル的な抗うつ薬の大量投与・気分調整薬、向精神薬の追加による多剤投与が行われて病状が遷延化し、治療が長期化してしまっているケースが少なからず見られている。当院では、症状の背景や原因を考慮して、以下のようにうつ状態を分類し、それぞれの対応方針を持って治療をおこなっている。
「うつ状態=気持ちの落ち込み、意欲低下、能力低下」が見られるとき、:以下の四つに分類して対応する。
悲しみの感情のないもの
①疲労性うつ状態
前述の知識労働者のうつ状態に代表される脳の疲労を中心とする意欲低下、能力低下、睡眠障害、自律神経の緊張から来る身体症状(頭痛、肩こり、動悸、腹痛、下痢)が主な症状である。また、仕事上で簡単なミスをしたり、本や資料を読むのに集中できないなどの注意・集中力の低下が目立つ。
【治療的対応】
①環境調整:仕事量の調整や休息による疲労の回復。
②薬物療法:抗うつ薬や抗不安薬を少量から中等量投与し疲労や緊張を緩和する。
③精神療法:仕事・家庭生活・個人の生活の全体的なバランスを回復するように対話・助言をおこなっていく。
②不安性うつ状態
心理的要因(経済的問題、家族の問題、個人的問題等)により、不安にとらわれて、不眠、意欲低下、集中力低下、食欲低下等を来たすもの。
【治療的対応】
①少量の抗不安薬、抗うつ薬等による不安と意欲低下の緩和。
②精神療法:不安の原因について対話を進め、解決できるものには対処を、すぐに解決できないものに対しては時間をかけて取り組むように問題を整理していく。
悲しみの感情の強いもの
③心因性うつ状態
家族や親しい知人の死や重病などによる喪失を経験した後に起こり、強い悲しみの感情をともなう、意欲低下、不眠、食欲低下等を来たすもの。最近では長く連れ添った動物の死などでも起こることがある。
【治療的対応】
①薬物療法:不眠、不安、食欲低下に対して少量の睡眠導入剤剤、抗不安薬、抗うつ薬等を投与する。
②精神療法:中核となる悲しみが自然に消化されていくまで支持的な面接を続ける。数年間でゆっくり回復していくものが多い。
感情そのものが動かず、悲しむこともできないもの
④内因性うつ病
意欲、行動、感情、食欲などが発動しない状態。
周囲からも明らかにいつものその人とちがい、「表情がない」
「止まっている」などと言われることがある。早朝覚醒、発動性の日内変動、体重減少をともなうことが多い。本人は感情を表出しないが、内的に仕事・家事等の役割を果たせない罪責感を感じていることも多い。疲労、身体疾患、環境の変化、などをきっかけに発病することもあるが特別な契機が無いこともある。本来の精神障害としてのうつ病である。
【治療的対応】
①薬物療法:充分量の抗うつ薬とともに、必要時には睡眠薬、抗不安薬も併用する。
②家族・職場等、周囲に対するに疾患の説明:うつ病であることを周囲に説明し、療養するための環境調整を行う。
③入院紹介:体重減少・体力低下の著しいものおよび罪悪感・自責感・焦燥感が強いものは入院治療が必要な場合があり、専門病院を紹介する。